2024/02/25

根付 其ノ佰捌拾玖

『 寒猫 』
素材:鹿角、黒水牛角



至水は猫を彫ろうとするとすぐに猫又にしてしまうので
今回の寒猫も前回に続きまたしても猫又にしてしまった猫なのですが
至水の猫又は所謂皆さん御存知の妖怪であるところの猫又というよりも
「人の如き所作を以て現代社会をサヴァイヴする猫のような姿の存在」
くらいに思っておいて頂ければなと

しかし元は哺乳綱食肉目ネコ科ネコ亜科ネコ属であるところの
イエネコであった事には間違いなく
気まぐれか執念かはたまたそれが運命なのか
様々な経緯で猫又に成った猫達は
人間に紛れひっそりと逞しく今日を生き抜くのでした





至水妄想奇譚

『猫の気持ち』

シベリアから南下した強い寒気に覆われ
日中でも最高気温が0℃を下回るとの予報に
行き交う人も疎らな東京は上野恩賜公園不忍池の畔
ベンチに座る初老の男に通りすがりの猫又が声をかけた

いやー寒い
この冬は暖冬だって聞いてたんだ
確かに季節外れの温かさって日はいっぱいあったけどさ
しかし今日の冷え込みはなんだろね
逆にこの気温差がこたえるわー
猫は炬燵で丸くなるって歌知ってる?
寒いのだめなのよ猫
よくね動物は毛皮着てるんだから寒いの平気でしょってさ
人間は言うね
言われたよ?
馬鹿言ってんじゃないよ寒いんだって!
分かってないよまったく
そいでさっきね
もうぶるっぶる震えてさ
あっちのベンチの横で肩竦めてたの
そしたら小ーっちゃい人間の娘がね
こっちにたーっと走って来てさ
猫さんあたしの手袋あげるって
これくれたの
無くさないようにちゃーんと両方の手袋が紐で繋がってるやつ
気が利いてる
いやぁまだまだ人間も捨てたもんじゃないよ
やさしい!
ねー
いや言っておくけどね
見てよ俺の掌
肉球には毛が生えておりませんっ!
お肉むき出しですっ!
肉球の表面は分厚い角質層が形成され
掌の神経や血管はコラーゲンや脂肪に厚く包まれているため
冷たさを感じないのです(キリッ)
じゃないよ馬鹿
つ・め・た・い・ん・だって!
もーそりゃ取り乱すよこっちもさー
あれ人間目線ってやつ?
わかってないねー猫の気持ち
でもほら見て
手袋のおかげて肉球ぬっくぬく
ありがたいわー
あれ…
気付いちゃった?
まだ肉球むき出しのところが残っているのではないのかなぁって
お気付きになってしまわれました?
いやー
そのお履きになられてます毛糸の靴下ってぇやつはー
さぞ暖かいもんなんでしょうねぇ?…

一方的に捲し立てニヤリと笑った猫又の傍らで
初老の男が靴を脱ぎ始めた








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





これが猫又ウィンターサヴァイヴ
そんな根付です御覧ください





六面図





あーさっぶい





手袋で肉球はぬっくぬく♪





肉球って足の裏にもあるんですよ





おっあれは毛糸の靴下…





今回の寒猫も遥か昔に制作依頼された品案件に関わっていて
依頼主様は根付としての使用は前提としていないとの事なので
本来背面に設ける筈だった紐穴は無しにして
尾の透かし部分に紐の結び玉を収納し
真下に根付紐が流れる仕様にしています





大きさはこんな感じの小さいやつ






この世界の片隅で猫又は逞しくひっそりと生きています
根付「寒猫」完成です

さて今年は辰年で
皆龍の根付を彫っておられるのだけれど
至水の干支もの龍根付はも少し先になりそうです

次は尻です
ぬっぽりますね



2024/02/23

Small articles : No.040

提げ 『 家猫 』
素材:鹿角、黒水牛角



もう何年も前に依頼されていた猫の提げの制作がやっと完遂
家猫と書いて「うちのこ」読みます





至水妄想奇譚

『うちのこ』


根津にある和小物を専門に取り扱うGalleryでは
月に一度誰かしらの個展が開催されていて
今月は誰の個展だったろう?
と開催告知のダイレクトメールを確認すると今日が会期最終日
天気も良いし
唐揚げも食べたいし
久しぶりに行ってみようかと家を出た

東京メトロ根津駅下車
根津交差点前出口の階段を上り地上に出る

「ほんと根津に来たの久しぶりだわ」

右を向けば横断歩道の向こう側
交差点の角にはGalleryに来た後に必ず立ち寄る唐揚げ屋が…
無い…
「とり多津」の看板が「メンチの鉄人」に変わっている

「えー閉店しちゃったの?紅生姜唐揚げ食べたかったのに…」

意気消沈しながら横断歩道を渡り
一本目の路地を右に曲がると数メートル先左手に
Galleryのウェルカムボードが見えた

場所が分かりづらいで有名なGalleryだけど
それは地図を読む努力が足りませんって事だぞ
なんてしたり顔で思いつつ
以前と変わらないこの路地の景色に内心ほっとする

ひとしきり展示作品を観覧し
御無沙汰していたGalleryスタッフのK塚氏と談笑中
随分前に制作を依頼していた猫の提げの事を思い出した

気が乗らないとなかなか制作を始めないうえ
写実を得意としない妖怪ばかり彫ってしまうあの根付作家に
うちの子をモデルにと依頼したからだろうか全く音沙汰が無い

早速根付担当スタッフのH本氏に作品制作の進捗状況を尋ねてみると
「作家に確認して御連絡させていただきます」
と予想通りの返答に

「時間掛かっても構いませんので」
と半ば諦めの笑顔でGalleryを後にした

帰りの地下鉄に揺られながら
うちの子の思い出が止め処なく溢れ出る

クシャっと潰れ顔が最高にプリティなエキゾチック…
何年も前に虹の橋を渡り星になったうちの子…
私にとってどれだけ大切な存在だったか…
あの子を感じられるものを手元においておきたかった…
提げになって家へ帰って来るのは何時になるのやら…

ぐるぐると思い巡らすうちに
危うく自宅の最寄り駅を乗り過ごしかけ
慌てて下車し階段を上り地上に出ると
ビルの隙間から空高く伸びる大きな大きな虹が見えた

今日は雨の予報じゃ無かったけどスコール的なの降ったかな?

道路全然濡れてないけど?

それにしても虹大きすぎだしこんな真下から見た事あったかな?

うちの子とお別れした日も雨上がりでこんな虹が見えたっけ…

「虹の橋かぁ…」

頭上の虹を見上げながら歩いているといつの間にか自宅前
虹の橋はまるで巨大な橋台の如き自宅マンションの屋上に繋がっていた

何だろう…
胸騒ぎがする

足早にエントランスを抜けエレベーターに乗り
6Fのボタンを連打してしまう

止まらない胸騒ぎに高揚し6Fで開いたドアから勢いよく飛び出すと
廊下の突き当り自室ドアの前に猫がいる

え?

お座り…
でなく胡坐で

えっ?えっ?

こちらに振り向き片手を挙げてニャッと挨拶するその表情は
クシャっと潰れ顔が最高にプリティなエキゾチック

うちの子だ…

帰って来た!

溢れる涙に霞む目を拭いながら駆け寄ると
うちの子がいた筈の場所には置配された荷物がぽつんとあるだけで
猫の姿は消えていた

「帰って来るとか…無いかぁ…」

苦笑いで拾い上げた荷物の送り状を見ると
発送元住所は北海道函館市
送り主は鈴木…って
あの根付作家なんで直接送って来てんの?
慌てて部屋に入り段ボール箱を引きちぎるように開梱すると
中には緩衝材に塗れた小さな木箱が一つ入っている

箱書きの文字は相変わらず下手くそで
よせばいいのに長い作品名は…
判読が…

「あーもう後にしよ」

そそくさと共箱を開けると中には
クシャっと潰れ顔が最高にプリティなエキゾチックの猫の提げが
いや…
尾が二股に…

「猫又っ?」

あの根付作家相変わらず猫は猫又にしちゃうのねと笑いながら
涙目で共箱の蓋に書かれた作品名を改めて判読してみると

「虹の橋を駆け戻って来たうちの子が猫又に成っていた件」

うちの子が帰って来てくれた

猫又だけど(笑)








追伸
Galleryの帰り試しに寄ってみた「メンチの鉄人」には
何故か紅生姜唐揚げがあったので(系列店?)
テイクアウトした「とり多津唐揚げ弁当」を食べながら
猫又に成ったうちの子を愛でています





※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





という事でですね
本当にお待たせしすぎてしまい申し訳なさすぎの猫又は
こんな感じなのです御覧あれ





六面図





貫禄漂うぽっちゃりベイビーボディ





こちらに振り向き片手を挙げてニャッと挨拶するうちの子





猫又化とは…





よせばいいのに判読拒否したくなる事請け合いな
長い作品名がしたためられた共箱がこちら
箱書き拙いっ!





尾のループに紐を通す仕様
提げるとこんな感じです
キリッ





猫又に成って帰って来ましたニャッ
提げ「家猫」完成です

本当は昨日2月22日に公開出来ていれば
ニャンニャンニャンの猫の日で
タイムリーにミラクルなブログ記事になっていたのですが無念です
しかし確か2月23日は
ニャンニャンミャーオで猫の日エクステンデッドなのだと
聞いた事があったり無かったりなので本日更新出来たのも大成功な筈…

そしてもう一つ同時進行で完成している猫又がおりまして
(次はそ奴のブログ投稿になります)
二猫又揃って御依頼頂いたお客様の元へ収まる事となりました
本当に長く長くお待ち頂き申し訳なく
ありがとうございました



2024/01/29

根付 其ノ佰捌拾捌

『 首かじりて… 』
素材:鹿角、珊瑚、黒水牛角



昨年末とうとう新型コロナヴァイラスに捕まり
高熱発す年末年始に新年の御挨拶どころじゃねぇぞと
寝正月の上位互換である寝込み正月を過ごしまして
今だ発作的に咳込む症状のみしつこく続いているのですが
本来ならば先月、否昨年中に完成させなければいけなかった根付が
やっと完成しまして公開出来ます

新年とか祝とか全く関係のない
今の自分のメンタルそのままなドス黒いやつですごめんなさい…





至水妄想奇譚

『首かじり』


あまりの空腹に目覚めると其処は真っ暗な土の中
微かに漂う甘美な香りに気付きごくりと喉が鳴った

「嗚呼… ひもじや…」

重く固くのしかかる土を無我夢中で掻き分け掻き分け
漸く開けた視界に広がる漆黒の夜空には雲一つ無く
掘り起こされた墓穴の上で骨と皮に成り果てた老婆が一人
殊更大きな満月に照らされ揺れている

老婆は足元から立ち上る甘美な香を辿り目で追うと
事切れて間もない若い男の亡骸が転がっていた
今際の際まで幾日も苦しんだ飢餓空腹の記憶に突き動かされ
思わず亡骸の右腕を引き千切りかぶりつく

「うぅ… 美味い…」

あまりの美味さに我を忘れ
肉を喰らい血をすすり骨をしゃぶる

「美味い…旨いっ…美味い…甘い…美味いっ…」

左腕を喰らい腹を裂き臓物を喰らい腿肉を剥ぎ喰らう

「美味いっ…甘いっ…美味い…旨いっ…なんと甘美な…」

血肉を喰らうに連れ老婆の肌は徐々に肉付き張りを取り戻すも裏腹に
肉を食めば食むほど鉄漿に染まった歯牙がはらはらと抜け落ちる

「嗚呼… 悔しや…」

黙々と若い男の亡骸を喰らい胃の腑に収め
頭を残しほぼ骨となった頃合い

「何故じゃ…」

上顎に残る糸切り歯一つで生首に食らいついた老婆の怨嗟が溢れ出す

「何故こんな仕打ちをっ…」

「 正吉ぃぃぃっ」


…………………………………………………………………


小間物の仲買と言えば江戸では名の知れた「末広屋」を営む老夫婦
共に齢六十を前にして終ぞ子宝に恵まれず
丁稚として引き取った正吉という名の少年を
我が子のように目をかけ可愛いがり
身寄りの無い正吉もまた
老夫婦を実父実母のように慕い良く働いていた

正吉が齢十八を迎えた冬の朝
望まぬ不幸が訪れる

末広屋の主が突然の癪の発作に襲われ息を引き取るや
後を追うように女将も卒中に倒れ
一命を取り留めるも身体を動かす事ままならず
寝たきりの床の間に使用人を全て呼び集めると
正吉に末広屋を継がすと譫言のように皆へ伝えた

翌朝早く女将のためにと主の亡骸を床の間から見える庭に埋葬し
庭石を一先ずの墓標と備え手を合わせる正吉
否が応にも末広屋を背負う事となったその心中いかばかりか…

程なく末広屋の主の訃報と跡継ぎの話は江戸中に広まり
先代の人望ありきの商いと
一人また一人馴染みの客は離れ行き
先代には到底及ばぬ商才に見切りをつけたか
使用人達は一人残らず消え失せた

商いが成り立たぬ末広屋は一年も経たぬうちに店をたたみ
身も心も荒み自暴自棄の正吉は酒に溺れ喧嘩沙汰を繰り返す

幾日ぶりか家へ戻ると
床の間に眠る女将は骨と皮に変わり果て既に事切れていた

人生はままならぬ

全てに絶望した正吉は主の墓標の傍に女将の亡骸を埋葬すると
ふらふらと外の通りを彷徨い背丈程の細身の板を二枚見つけ
拾い上げようと屈んだ刹那 背中にどすんと鈍い痛みが走る
背をまさぐると肩から一尺下辺り
深く突き立てられた匕首の柄が指先に触れ
振り返ると一刻前に泥酔し賭場で喧嘩沙汰となった三下が
正吉を罵り走り去るのが見えた

二枚の板を大事に抱え
とめどなく傷口から溢れ出す血を引きずりながら
漸く家へと辿り着いた頃にはすっかり日が暮れていた

庭の墓標横にうろ覚えで立てた二枚の板は主と女将への卒塔婆か
血と涙でぐしゃぐしゃの両手を合わせ
女将さんすまねぇ堪忍してくれと繰り返し繰り返し
背から引き抜いた血塗れの匕首で無銘の墓標に法華経を刻む

南…無… 妙… 法…  蓮………

想い半ば力尽き酷く刃毀れた匕首が手から滑り落ちると
正吉のままならぬ人生の幕は閉じ
殊更大きな満月に照らされた墓標の傍ら
女将を埋葬して間もない土中から土を掻き分ける音がした


…………………………………………………………………


上顎に残る糸切り歯一つでは肉を嚙み千切る事なぞ出来ず
ただ正吉の生首を咥えたままの老婆は
足元の墓標に今し方刻まれたばかりの半端な法華経をしばし見つめ

「腹いっぱい食うたわ正吉ぃ…」

穏やかな面持ちでそう呟くと
成仏が叶ったか魂と成った正吉の手を取りすぅっと姿を消した

人生はままならぬ

ままならぬのだ








※作中に記された各名称は実在するものと一切関わりは無く
史実もまた異相な平行世界の物語です





………陰陰滅滅とごめんなさいねぇ(涙)
人生ってままならないものなのよ
でも魂は救われたと思う
思いたい

ではそんな根付を(どんなよ)御覧あれ





六面図





正吉の生首かじかじ





血肉喰らう度に肉付きもりもり





一応言っておきます女性です
女将です





虚ろな目をイメージしています
でもここで女将はハッと気付いたのよ





正吉が持ち帰った二枚の板は卒塔婆に





やはり自立しない根付には台座
根付スタンドを付けないとという事で
いつもは簡易的なヤツを彫るのだけれど
今回はストーリー上の諸々を盛り込んだ
ヴィネット風にしたくて
やりすぎです…

女将と正吉が成仏した後に残ったのは
上顎に糸切り歯一つ残った女将のサレコウベ

蓮まで彫って力尽き息絶えた正吉
彫り切れなかった法華経

物悲しい

根付の紐穴大の方をフックに掛け連結します





根付本体の背面はこんな
ひゅーどろろな紐穴です





紐穴奥に至水の銘
紐を通すとこんな感じです





サイズは大っきい
ずっと小さい根付続けて彫ってた反動で
デカいのやりたいってのはあった





ままならない人生の終わりに許しは訪れた
根付「首かじりて…」完成です

元旦の震災から始まりなかなか重い始まりの2024年です
人生ままならない事ばかりですが

生きよう